トランペットの演奏とヴォーカルの両方をこなす、男性シンギング・プレイヤーの若きチェット・ベイカー。若さどころか幼さすら感じる歌声である。このアルバムでは、その初々しさが何ともいえない味わいとなっている。このディスクでは1954年と1956年の録音が混じっており、演奏メンバーは、チェット・ベイカー(tp,vo)、ラス・フリーマン(p,celeste)、カーソン・スミス(b)、ボブ・ニール(ds)、ジェームス・ボンド(b)、ピーター・リットマン(ds)という面々である。
「チェット・ベイカー・シングス」というタイトルだけあって、ヴォーカルが中心である。歌は決して上手い方ではない。しかし、それを補ってあまりある若さと初々しさが持ち味となっている。
バラード曲はのびのびと歌うことなく、そっと音をひとつずつ置いていくように丁寧に歌っている。トランペットの演奏も強さや勢いはないのだが、ヴォーカル同様ソフトで、彼にしか出せない魅力的な味わいを持っている。歌声は、とても甘くてセンチメンタルなのだ。見た目も格好良く、いかにもモテそうなタイプの男だ。
このディスクではあくまでも主役はチェット・ベイカーで、サイドメンがソロを取ったり派手な演奏をしたりという光景は見受けられない。
ジャズ・コンピレーション盤で収録されることの多い「バット・ノット・フォー・ミー」がこのディスクのハイライトであり、聞きものである。今まで少しおとなしめだったのが、歌い出しから堂々と声を張って歌っている。トランペットの音にも勢いを感じる。短い曲であっという間だが、男らしさを見せた。
スタンダードバラード「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」では、きちんと哀愁をただよわせている。低めの声でじっくりと歌っている。気が急いでいないのがいい。
普段ジャズを聞き慣れていない人でも聞きやすい一枚である。